- 授乳後バストの豊胸(バストアップ) TOP
- 体験ブログ
- 32歳/子供1人
昔から胸は小さく、20歳頃は48kgぐらいで、デザインによってはなんとかCカップの時もありました。社会人になり44kg前後でBカップで、余り極端に変わらず、営業職だったこととじっとしていない性格から、体脂肪は少ない方で、運動をしているの?と間違われるぐらいでした
。
28歳41kgの時に妊娠し、出産直前は29歳54kgでした。出産直後から母乳の出は良く、男の子を母乳のみで1歳になるまで飲ませました
。母乳が出過ぎて夜中にフェイスタオル2枚がずっしりするほど搾り出して、痛みを取り、なんとか乳腺炎を回避しました。小さい胸ほど性能が良いのは本当でした。
授乳1年後、悲しきかな力尽き、お役目ごめんとばかり鶏ガラになりました。左右違うし、いびつになって、温泉にも行きたくなくなりました
。意識して43kgを切らないように、栄養に気をつけていましたが、体脂肪は15%まで落ちていました。「乳腺から脂肪までどこかに行っちゃった」と笑いとばしても、内心は泣きたい気分でした。バストの大きさだけでなく、トップの大きさ、色、固さ、感覚まで変わってしまって、主人からはありえないと言う顔で鼻で笑われました
。昔の下着は全て切り裂いて捨てました。徐々に見もせず、触れず、私も変わり果てた胸を見られるのも触れられるのも嫌で、夫婦なのに隠し続けていました。この頃、バックや脂肪注入は、後に手術を繰り返さなくてはならないから、受けない考えでした。拘縮や石灰化は、生体を考えたらかなりの高い確率で起こることは明らかだったからです。SUB−Qが2〜3年もつなら、まず少しだけ入れて様子を見ようと、10ccずつという慎重さで入れたところ、見事に3ヶ月で消失
。入れ方が下手なのか固いし、片方は痛みも残り、たくさん入れずに良かったし、吸収されて良かったです。
そんななか、とうとう胸を隠し切れず主人にさらす場面にぶちあたり、改めて主人が言ったのは「小学生を抱くんじゃないんだから」と言う残酷な言葉でした。厳密には小学生の方が大きいですよね。私は気付かれないように泣きました
。長年コンプレックスだった胸(18の頃はAカップでバック挿入を真剣に考え、勇気を出して診察を受けたら、胸を触られ続け関係を迫られたため、怖くてやめた)が、授乳でさらにひどくなり、揚げ句にこの言葉は、時間をかけて心の深い部分まで浸蝕していきました
。友達と大好きな温泉にも行けない。子供に銭湯に行きたいと言われても行けない。水着は禁忌。屈んだときに胸元が見えないようピッタリガードして、どんなに暑くてもモールドブラにさらにブラキャミを重ねて見た目にマッタイラ過ぎて誰かの記憶に残らないように、いつか豊胸した時に大きさが変わりすぎないように準備だけして、最高の手技を探しました。効くわけの無いサプリを飲んだり、合掌したりしながら
。
わざわざネットカフェでこっそり情報を得ていたのですが、最初はセリューションに興味を持ちました。もともと医療機器の商社で営業をしていて、再生医療に興味を持っていたのですが、幹細胞から培養する再生医療と勘違いしてページを開けたのがきっかけでした。しかし、読めばなかなか信頼できそうだと思い、費用がかかるし、内緒で企んでいたため、タイミング、費用の捻出、段取りを日頃から考えるようになりました。後は失敗談を調べあげて、決断しようとした矢先に、コンデンスリッチのサイトを引き当てました
これが舞い降りた幸運でした。
私が想像したよりはるかに多かったのはセリューションの難点でした
。自分らしい小胸でいい、自然な形で、後に手術する必要の無い安全なものがあればと思って探し、これだ!と思ったセリューションが呆気なく色褪せて感じられ
、ショックと共に期待と不安が交錯しました。これなら最高の手技と思う半面、またコンデンスリッチも難点が発覚し、ダメなんじゃないかと。
院長の経歴と理念を読んで、僭越ながら私なりにどのような方なのか考えてみました。お金儲けで美容整形を経営してないか、いい加減じゃないかなど誰もが心配することを私も心配しました
。ある程度の決意が持てた頃に、院長先生へのメールをしました。本当にメールを見てくれるのか半信半疑でした。質問は手技がどの程度確立しているのかを知るための幾つかの質問でしたが、曖昧にすることなくきっちり全てに回答を下さいました
。また、コンシェルジュからのお電話は大変丁寧で好感を持ちました。院長が全てに気を配られて、誠意と信念を持って夢を与えてくれている方とお見受けして、信じることにしました
。私の場合、診察までに1ヶ月弱あり、考える時間があったからこそ決意を徐々に固められたのだと思います
。
誰にも秘密で実行するため、事実準備も必要でした。
私の場合は、手技に納得できたことの他に、主人の言葉と院長先生の誠意で決断に至りました
生体は自己防衛機能を持っています。私の考えですが、自分の細胞以外のものは、たとえ生物由来のものであってもあくまで異物でしかないという考えです
その異物に生体が反応する、つまり異物を除去しようとしたり、取り込んでしまって無害なものにしようと反応するのは自然なことです。それが表皮からきわめて近く、もともとデリケートで触れやすい部分ならなおさらその影響は日々自他の認識するところになります。バックはまず選択肢から外れました
。
ヒアルロン酸は、もともと体内に存在するもので安全性が高く、少量試しました。試してわかったのですが、触れても脂肪の柔らかさではありませんでした
。わかりきったことですが、いくら体内にあるものでも、本来あるべきところではないところに注入しても、吸収されてしかるべきところに分散します。また、手術を繰り返すことは、体に取っても良くないと思います
。
残るは脂肪注入です。しかし、よく言われているのが生着率が低いことや石灰化を起こすことです。自分のものですら人工的に入れると排出されたり吸収されたり、変異してしまうのかと思い、絶望的でした
。
なかば諦めかけた頃、セリューションを知りました。これなら安全性も、見た目と感触の自然さ、持続性もあり、再手術の可能性も低そうで、興味を持ちました
。価格が高いこととオペ時間が手技にたいしては長すぎることが難点でした。本当に安全なのか心配で、引き続き調べていました。
そして「豊胸のよくある失敗談」からセリューションの難点を知ると同時にコンデンスリッチを知りました
。セリューションのような脂肪幹細胞注入だけでは不活性細胞まで注入してしまうため、石灰化などを引き起こす原因になるそうです
。不要な細胞を除去する必要があり、それがコンデンスリッチファットでした。これなら石灰化のリスクを低減できると考えて、これ以上はしばらくは無いのではと選択しました
セリューションより安価で、価格は受け入れやすかったです。
また、いろいろな失敗談や主義のPRの中から、山川院長の内容を信頼したのは、院長が信頼できると思ったからです
。
家族には内緒です
。
主人は美容整形に否定的かつ、私の悩みの深さは到底理解されないとわかりきっているからです
。
当日は時間内に無事に終えて帰ること、内緒で行っていることが心にプレッシャーを与えていて、悩みから解放される喜びより緊張をしていました
。受ける覚悟はほぼ固まっていました![]()
診察を受けて、私は痩せ型で取れる脂肪が少ないため、腹部からは取れなく、大腿片側だけだと仕上がりが小さめになることがわかりました
。補うには大腿の前部後部両方からの採取が望ましいと提案がありました
。一瞬営業的な提案かもしれない考えが頭をよぎりました。しかし、自分自身が脂肪はそれほど取れないのではと思っていたことや、あくまでより良い選択肢
としか提案されなかったことから、やはり先生の提案は事実だと考えました
。一生に一度にしたい手術だし、後悔したくないから大腿全体からの採取に決めました
。
後は時間内に無事に帰ることしか頭にありませんでした。早く始まらないかと気を揉み、いざクリーンルームに入った時は不思議と落ち着きました。
後は終わるまでは痛くもないし、先生を信じるだけです。とてもリラックス
し、手足が温かいですねと言われました
。麻酔下のオペなので、心電図、血圧、血中酸素濃度などを監視しながらになります。手際良く取り付けられ、生理食塩水を流しながら麻酔液を流します
。目を閉じていると見えていた暗闇がもやもやっと深く広がり、さらに深い暗闇に吸い込まれていき、麻酔に落ちました
。
手術開始から4時間半で起こしてもらいました
。正直なところまだ覚めきっていなかったと思います。でも、驚かないで下さい!私がそう頼んだんです。「子供が待っているから、最大でもこの時間に話し掛けて起こしてください
。」と。
オペ台からリカバリーまでどうやって移動したかも記憶にありません。リカバリーで目が覚める時は排尿感で目が覚めることが多いと聞いていたのに、お手洗いへ行った記憶はありません。記憶が断片的に残っているのは、「タクシー
が到着しました」の声からです。「時間内に帰らなきゃ
」という意識が私の感覚を奮い立たせた感じです。よろめく足を支えてもらい立ち上がると、すぐに着替えました。すでに装着されていたブラをそっと引っ張って覗き込むことは忘れませんでした。いつもとは違う胸が、独身時代の胸が、授乳で張り切ったような胸が、そこにありました
。その時は、上から見ただけでは思ったほどではないような気もしましたが、素早く着替えて「着替えが済みました!」と言ったことは覚えています。荷物をまとめた記憶も、タクシー運転手の顔も覚えていません
。
痛みを感じながら新幹線のホームに立ち、私は感謝していました
。約束どおり起こしてくれ、おそらく移動時間を逆算してタクシーを呼んでくれたこと、タクシーが来るまで寝かせてくれていたことにその時気付きました。新幹線のシートに体を預けるとすぐ睡魔が押し寄せ、なんとか到着時間前にタイマーをかけるとすぐ飲み込まれました
。水分
を取りたいのに、身体がもう動かないなぁと思いながら
。
1時間以上して自分から目が覚め
、ひどく喉が渇いている気がしました。立ち上がる気にはなれず、結局乗り換えがスムーズ過ぎてお茶すら買えないままでした。家に着くと気分が悪く
、自分が脱水症状になっていると気付いて、温かい麦茶を飲みました。実は帰宅時、偶然早く帰宅した主人と鉢合わせになり
、一瞬私の体を緊張が走りました。体調が悪いというと、夕飯は有り合わせで自分から済ませてくれて、子供のお風呂もやってくれました
。私はシャワーを浴びるふりをして、すぐに寝ました
。ちなみにドライヤー音も忘れませんでした。主人が早く帰ってきたことは有り難く助かったのですが、自分の身体がどうなっているのかわからないまま寝ました
。
アドバイスとしては、帰宅後
は家事が出来ないくらいに思って、万端に整えておくべし
です。また、私は吸引部位が大腿の前後部だったため、睡眠中は圧迫ソックスを履いて、若干クッションで足を高く
しました。次の日下肢は浮腫んでいなかったです!
-
- 術後1日目(翌日)
-
朝、水色のパッドを外しました。シーツに麻酔液が漏れることはありませんでした。吸引部位もバストも触れると痛い炎症痛です。吸引部位をかばうような動きになり
、オフィスでは体調が悪いことにして不自然さをカバーしました
。意外にガードルが膝下まであり、縫製部が表側(皮膚に負担が無い作り)なので、ルーズなチノパンやワイドパンツを用意しておく方がいいです
。チュニックにレギンスでは段差がわかってしまうかもしれません。
バストは、まるで乳腺炎の手前のような感じですが、触れなければ痛みはありません。
電車
と徒歩の片道40分の通勤も出来ました!
-
- 術後2日目
-
朝
起きて、どうしても肌色パッドの臭いが気になり、衛生的にも良くないと判断して、はずしました。「浸出液」はすでに無く、傷を保護するテープに張り替えました。血流のために朝10分ほどガードルをあけてバンテージのかかっていないとこを軽く摩りました。ボーンと鈍い感覚でした。
1日目に比べて格段に動きやすく、オフィスではなるべく階段を使ってリンパの流れを意識しました。と言っても、事務なので、座りっぱなし
になり、バンテージがかかってない臀部と股下の境目が鬱血するような感覚になります。立ち上がってすぐの方が痛く、動いていた方が痛みは少ないです
。
バストの痛みも今日は気持ち楽な気がします。
夕食
から痛み止めは飲まないことにしました。
-
- 術後3日目
-
バンテージを取る日ですが、朝取るか夜取るか悩み、朝取りました。朝は誰にも見られずできるし、バンテージの際の締め付けに寄る痛み(鬱血してるような不快感)から解放
されたかったからです。痛みのある場所は内出血していて、バンテージの段差が内股にくっきりついていました
。歩いてみると、大腿の中間部が重力を急に感じたためか若干痛みがありました。体型補正用のきつめのガードルを履いて出勤
しました。大腿上部と臀部の境目は触れても感覚が薄く、浮腫を感じます。バストを改めて見ると、普通の人からしたら小さいでしょうが、私には十分な大きさでした
。今は浮腫で張っているので、私には不自然に見えますが、浮腫が取れた時にはちょうど良い大きさになると思います
。
-
- 5日目
- いまさら気付いたのですが、大腿の後部から採取した場合、立ったり座ったりのたびに痛みがあります。正座もしにくいです
。
-
- 7日後
-
感覚が薄れていた吸引部位付近が、徐々に感覚を取り戻していることに気付きました。私は頻繁な通院はできず、抜糸の必要がない糸でやってもらったのですが、傷痕も小さく、丁寧に処理されていて、独特の攣れる感じはまったくありませんでした
。内出血は色味が薄くなってきて、黄味に変わり始めているところもあります。胸の張り感も、若干和らいだ感じで、嬉しいような寂しいような
。
お風呂
にも入りました。血流が良い方が、痛みが少ないかもしれません。誰もいないとこで大腿をマッサージをしました。痛みはありますが、余計触っておかないとという気になりました。
術後1週間を過ぎると、内出血と炎症痛はおさまっていきますが、それに変わって拘縮による痛み
が出始めました。
全体的な浮腫や感覚の鈍化は1週間でほぼ通常に戻りました
。
-
- 7日後
- 大腿後方、臀部付近にピンポン球よりひと周り小さいシコリに気付いて、マッサージをしました。
-
- 8日後
- おそらく脂肪がよく吸引できたであろう場所、内股や大腿後部の筋肉が引きつるような感覚がして、動きにくく、シコリもモコモコと複数確認できました
。
-
- 10日後
-
引きつる感覚は強まり、触ると痛く、私の場合大腿全体から吸引したため、立ったり座ったりするときに痛みがあります。感じはピキピキっと固く痛い感じ。まるで脂肪がなくなってできた空間をなくそうと、筋肉に組織が貼り付いていこうとする感じです。ストレッチ
をすると気持ちがいいので、マッサージがわりにゆっくりとストレッチをしたり、摩って和らげました。
おそらく、トリートメントと言われるアフターケアをきちんとされた方がよいのはこの時期からではないでしょうか。私は遠いので行けないため、自分でマッサージ
やストレッチを頑張ることに
。
24時間ガードルを履いていますが、日中はきつめ、入浴後は柔らかめと履き分けています。長さも膝丈、腿の中間部までのものを使い分けています。あらかじめすべてを用意するより、様子を見ながら買い足すほうがよいかもしれません
。
-
- 13日後
-
いつもより大腿後部の一番痛いところがあまり痛くないことに気付きました
。
吸引の傷痕部分は術後はずっと固く少し腫れています。身体が傷を修復しようとしている感じがわかります。炎症はありません。
術後初めて子供と入浴
しました。若干胸元に目を留めた気がしましたが、普通に遊びました。今までは服を着たまま子供を洗い、自分は後で入っていました。内緒でされる方で幼児がいらっしゃる方は、旦那さんには生理不順のせいにでもして不自然さをカバーしないと明らかにおかしな行動
です。
-
- 14日後
-
引きつる感じが軽減。
基本的にじっとしているより運動をしてほぐした方が痛みが軽く
、身体にとっても良い気がします。

術後のバストは、授乳期の張り切って痛い時期のように、触れると痛いですが、吸引部位が痛いので、バストの痛みは気になりませんでした。寝返りをうち、横向きになると少し痛かったです
。
徐々に腫れがひいてきて、7日を過ぎると、触れてもそんなに痛くなく、柔らかさも出てきます。麻酔液が抜けたのかな〜と思いますが、その分のボリュームは減ります。
私が何より嬉しいのは、入浴のたびに、着替えのたびに、何とも言えない虚しさを感じずにすむことです。今だって小胸には変わりありません。でも私らしい小さな胸が膨らんで、他とのバランスもよく、不自然に見えないことが、うれしい
です。私はセクシーになりたいというより、とにかく普通になりたかっただけでしたから。
楽しみは、人目を気にせず温泉や銭湯
にも行けることです。子供や家族、友達と純粋に楽しめそう!この気持ちは、本当にペッタンコだった人にしかわからないと思います。諦めてたことなので、本当に嬉しいです。

後は主人です。バレバレにならないように、筋トレやサプリアピール
してます。いざとなったら太ったことにしようと思ってます。心の片隅では多少でも喜んで欲しいなと願ってるんですけどね!気付いて欲しいのに気付かれてはダメなもどかしさ
に、自分で笑っています。
































































